久留米について

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市域を抱くように流れる筑後川は「筑紫次郎」の名で暴れ川として知られますが、同時に水運を利用した物流の拠点となり、江戸時代には久留米有馬藩21万石の城下町として栄えました。
市内に点在する寺社の門前町、また薩摩(坊津)街道や豊後街道の宿場町として市内各所は繁栄し、面影を今に残します。

明治以降は筑後地方の商業の中心として、またブリヂストンやムーンスター、アサヒコーポレーションのゴム3社をはじめとする企業城下町として発展しました。

JR鹿児島本線と西鉄天神大牟田線、九州自動車道が福岡や熊本、鹿児島と、久大本線と大分自動車道が由布院、大分と、そして長崎本線と長崎自動車道は長崎とを結び、九州の交通のクロスポイントに位置します。

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